2013年12月31日火曜日

夜の海をたゆたうのは月の光と誰かの歌声

自分の中にある記憶を思い出し、懐かしむ。
思いを馳せる。
今年も色んな事がありました。

苦しかったこと。
嬉しかったこと。
逃げ出したい時もあれば、
それに耐えた事で得られた成長もあり。
23歳から24歳にかけてのこの1年を心を深めることが少しだけ出来たように感じる部分もありながら、
今まで目を背けていた自分の短所にしっかりと向かい合わされた年でもありました。

祖母との別れ。
バンドの再開。
職場の立場。
自分の将来。
夢。

穏やかな時間の流れでした。
でも僕が感じた中で一番早い時の流れでした。

来年はどんな年になるのでしょう。
どんな時の流れを刻むのでしょう。

全てが繋がってるのでしょう。
未来という言葉の中に。

僕はそれら一つ一つを大切にできる年にしたいです。

さようなら。
はじめまして。

時の流れを刻む日々へ。
たゆたう誰かの歌が聴こえる。

2013年11月21日木曜日

抹消


感情が、全てを壊して。
全て、失くしてく。

なのに繰り返して。
僕は僕のことばかりだ。

かえれない。もどれない。
ここにはもう何もないのに。
壊した記憶にとらわれたまま。

たくさん巻き込んで痛めつけて。
苦しいなんて、よく吐けたね。

僕は、僕のことばかりだ。
僕は、僕のことばかりだ。

かわらない。もどらない。

愛せない。自分を。
自分しか愛せない。

僕は、僕のことばかりだ。
僕は、僕のことばかりだ。

かえれない。もどれない。
かわらない。もどらない。
かえれない。もどれない。

2013年11月16日土曜日

臨月


そっと溶け込んで広がる。
寂しさは永遠。 
照らされて消えた傷跡は
今もここに有る。

声を押し殺して
吐き出すまいと
震えながら
涙は心に留めよう
涙は心に留めよう


10月17日  この日、僕の祖母は100歳で出直した。老衰ということでとても穏やかな死であった。
仕事のとても忙しい時期であったけれどなんとか引継ぎをして山形へ。
ちょうど僕はこの一ヶ月前の9月の初めに祖母に会ったときのことを思い出していた。眠る時が増えていたけどとても元気だったっけ。僕は中学を出てから関西に来たからそれからはあまり顔を見れなくなってしまっていたけど、いつも優しくて、微笑んでくれて、真っ直ぐな芯のある人だった。

出直したと聞いた時、僕は僕を殺す世界への曲、臨月を祖母に向けて奈良から歌っていた。気持ちよくいけるように。また生まれ変われるように。願うなら僕の子供として生まれてくるように。
亡くなるその二日前から無呼吸状態になる時があると連絡を受けていたから、覚悟はしていた。最も100歳の長寿でかつ病気一つなく老衰なので僕としてはとても誇らしかった。本当に穏やかな死。大往生だった。

祖母に捧げた歌。臨月は、より僕の中で特別な曲になった。送り出す歌であり、迎える歌。生と死の繰り返しの中で。魂と心を運ぶ歌。

僕は死んでもこの歌を歌っていたい。

2013年9月23日月曜日

ロックンロールの自殺者



時間とは、たばこを空に
してゆくだけの能なしだ
きみ(ぼく)は さっきから
ばかみたいに
つぎからつぎへと
たばこを口におしこみ
またゆびにはさみ
をくりかえす
きみ(ぼく)は もはや
ロックをきく自殺者だ

きみはもう
完全にバカのりするほどには若くなく
しかもロックの意味するところを
全身で理解できるほど成長してはいない
時計は
ほかならぬきみの方が
うたいだすのをしんぼうづよく待っている
きみにはもう食べたいものはなにもなく
これまであまりにいろんなものを
アタマの中にほうりこまれて
いまや拒絶反応をおこしている
つまり
きみは いま
ロックをきく自殺者

調子のいいビートが
きみのアタマの中の
からっぽの大通りをはしってゆく
しかし
夜明けがきたらきみも
家へ帰らねばならないではないか
そのときに
太陽が照っても
もうきみには影がないこと
ミルクをたくさん飲んでも
精液を排泄することがあっても
それがきみの心まで支配しないことが必要だ
つまり キミが いわゆる
”自然である”ことは
たましいの用語からすれば
ずぼらで不親切で怠慢だということなのだ

愛 などを絶対視してはいけない
きみはそれほど孤独ではない
きみはいつもきみ自身を意識しているが
それはあまりにも不公平じゃないか
きみはきみのアタマをかかえこむが
もっと、目を 外へ向けた方がいい
きみはそれほど孤独ではない

きみがだれであれ
なにをしている人であれ
どこで いつ生まれた人であれ、キミの
くるしみの本質
痛みの本質は いま
みんなと同じであるはずだ
それは、だから
ぼくのものとも同じだ
だからぼくがロックをやることは
きみの痛みを救うことではなく
ぼくの痛みの中にきみが
きみの痛みの中へぼくが
入ってゆきたいと叫ぶことにほかならない

きみはだからけっして孤独などではない
ぼくと一緒にターン・オンしようではないか
きみは痛みだから
きみはとてもすばらしい ぼくはきみの
せめて手ぐらい
にぎりたい

夜空の青さ。白き月。漂う海の泡花。

九月十六日は初めて京都で演奏を行うことができました。

僕を殺す世界へとしても、僕個人としても初めての京都ライブ。

それはとても気持ちの良い演奏ができました。


会場である京都GATTACAに向かう途中、台風が残した傷跡に僕らは驚くことしかできません。


一夜にして全く別の風景になる景色。
そんな中でも変わらず時は流れる。

水浸しの風景とうってかわって京都の街中はいつも通りの人々。

そんな感じがしました。

こんな時に思うのは"当たり前"とは奇跡的なバランスで成り立っていて、社会がちゃんとまわり、人々が繋がっていないと途端に崩壊するものなのだと感じます。

不謹慎ですが、僕は台風や大雨で電車や公共の移動手段が動かなくなって駅のホームが人々で溢れかえっている瞬間が案外好きだったりします。

どうにもならない。なにも出来ない。

そういう普段感じない、自分の無力さ。ちっぽけさ。自然の前では誰しも平等で、自分の力だけで生きているような傲慢さを見事に叩きつけられている人々の姿を自分も含めてみれるからです。

人は一人では生きていけないどころか、存在することさえ出来ない。

やっぱり僕らは日常の生が流れ作業になりがちなんでしょうね。

強烈な生の匂い。
どうにもならない絶望に感じる死の恐怖と見出す希望。

その瞬間に人は忘れていた自らの普遍的な起源、根源に立ち帰る。

すこしそんなことをライブ中に考えていました。

さて十月一日に日付が変わった瞬間、僕を殺す世界へからお知らせがあります。
是非お楽しみにしててください。


京都gattaca
僕を殺す世界へセットリスト
未来へ
同じ月をみている
Gorudogorus
臨月

2013年9月3日火曜日

この生命は。

自分にとって何が必要なのか?
焦りと停止する揺らぎの中で
僕は涙を流すことを繰り返すばかり。
今はまだ何も見えない。
今はまだ何も見えない。
今はまだ、風景が滲んでいるから。
少しだけ自分を許そうと思う。
手を伸ばした先に見える光は
僕が闇にいるからこそ、美しく見える。
ここに僕はいる。
僕はここにいる。

2013年9月2日月曜日

奈良を終えて これから。

8/18奈良ネバーランド終わりました。
自分達が今だせる最高の演奏ができたんじゃないでしょうか。録った動画の音を聴く限りボロボロでしたけど。笑

次は京都です。9/16。京都gattaca。
僕を殺す世界へは初めて京都でライブをします。


轟音の海、包まれた青い光の中でみたのはメンバーの笑顔でした。

その瞬間、僕は凄く安心したんだ。

僕はここに居るんだなとたしかに思えた。



京都の次は、11/3にまた奈良ネバーランドでさせてもらいます。告知はまだだけど、徳島の凄いバンドさんからご指名いただきまして。しっかり練習して臨みます。



今僕は故郷の山形にいます。
騒がしい家族という温もりの中で優しくなれる自分を見つけています。

ではまた。

8/18 セットリスト


1.未来へ
2.同じ月をみている
3.Gordogorus
4.臨月

2013年7月30日火曜日

ぬくもり

二十代になるまで、僕は事あるごとに死にたいと思っていた。
二十代を迎えて、僕は事あるごとに生きたいと思うようになった。

光はもちろん好きさ。でも闇に抱かれるのも好き。
闇があるから光が輝ける。
光があるから闇が顰める。

闇の中から覗くから光がこんなにも愛おしく見えるんだ。

2013年7月18日木曜日

抹消

新曲の歌詞できた。久しぶりに、心を壊した歌詞ができた。何で曲つくるの苦しいのに僕は作るんだろう。
やっぱり吐き出せるからだと思うけど。しんどいな。

抹消

全て。壊して。
全て。無くして。
なのに繰り返して。
嘆く。
たくさん巻き込んで
痛めつけて。
苦しいなんて、
よく吐けたね。

僕は、僕のことばかりだ。

僕は、僕のことばかりだ。

消えたいなんて、よく吐けたね。

僕は、僕のことばかりだ。

僕は、僕のことばかりだ。

2013年7月15日月曜日

三発の銃弾

大学の頃、僕の後輩から聴いた話、いじめられることの多かった彼は、仕返しのできない代わりに、心ん中である空想を広げました。

人間生まれながら心に拳銃を持っていて、自由にできる弾が三発ある。

その三発を何に使うか。
彼は自分の最も嫌いな奴を慎重に選び背後から狙撃する。相手が空想上で死ぬ所まで想像するんだそうです。
それをすると気分がスッーとして、毎日を生きれるそうです。

彼からその話を聴いて僕は漠然と考えました。

自分ならどうするかな?

僕なら二発は捨てます。適当な場所に投げ捨てて。残る一発はどうするか?
僕は自分自身に使いたい。そう思いました。

自分の命を自分の思いのままにしたい。もし神という存在がいて、僕の時間もそれがコントロールするというのなら。僕はそれに抗える力を手に入れたいと思ったのでした。




死にたい。


それは消えたいということではないでしょうか?



痛みもなく、苦しみもなく、悲しみもなく。

ただ自分という存在を消し去りたい。




僕は最近おもいます。

殺して欲しい。
誰か僕を殺して。

死にたいと思う瞬間はあれど、僕は死ぬ覚悟もなく、生き続けようとする思いが強く。


だから誰かによって殺される。まさに他力本願な、自分以外の存在によって誰からも責められることもないまま自分の望みを叶えることを切望しているのです。


なんと腐った人間なんだろう。

僕を殺す世界へ。

今思えばまさにその通り。
勝手に死んでいく。

三発の銃弾。
引き金をひく。

2013年5月20日月曜日

聲を受け取る

伝えたいことがあります。

吐き出したい言葉があります。

表現したい風景があります。

忘れられない感情があります。

生きるということは

生き延びるとどう違う?

心が漏らす小さな聲に。

耳を澄ます。

2013年5月14日火曜日

臨月

僕らが臨むならそれは許される。
だから自由は僕らの周りにある。
それを僕らは時間と呼ぶ。

一年一ヶ月振りの僕を殺す世界へのライブが無事に終わりました。

曲の世界観に、イメージに深く潜る。

そのことを目標に、臨みました。

とても楽しく演奏できました。
新曲二曲も曲がりなりにも演奏して楽しかったです。


月の夜を映すみなもを眺める二つの影
揺れ広がる波紋と時の流れ。

テーマとしてあった三曲でした。

1.未来へ
2.同じ月をみている
3.臨月

これから三ヶ月ほど新曲を練りながらまた頃合いを見てライブしたいとおもいます。


苦しさと優しさの温もり。
愛と哀の狭間。
あなたと僕の心の色は?


佐藤

2013年4月21日日曜日

夢の続き

僕はまだ夢から覚めない。

愛おしさが溢れてる。

あの頃のこと。


2013年4月10日水曜日

痛みと現実。心と夢

もう戻れない。帰れない。
君のことを思い出して泣いてたのはいつのこと?
僕らは望んでいないのに、大切なものを亡くしてくのに。
亡くした痛みだけは消えないんだ。

2013年2月11日月曜日

有限の無限 永遠と閃光

「死にたい」と言って、あなたが生きられるなら。

「死にたい」って、言ってもいいんだよ。

2013年2月2日土曜日

知らないうちに

いつの間にか2013年も一ヶ月過ぎていってしまいました。

長いこと更新できなかったのには理由がありました。

まず愛用のパソコンが壊れてしまったこと。元々熱に凄く弱かったのに複雑な作業をすると直ぐに落ちるようになってしまい、しまいには液晶割れで立ち上げると凄くアーティスティックな画面が広がるようになり、使わなくなっていたのです。

しかし、iPhoneのアプリにbloggerがあることを知り、今回ようやく更新出来るようになったのです。

文面の調整がどうなるかも知らないので、気に入らなければまた更新が滞りますが

このブログは続けていきたいと思いますのでよろしくお願いします。


今年はバンドも仕事も活発に動きだす年になり得そうです。

今年も宜しくお願いします。

僕を殺す世界へ 佐藤 善太郎